三番瀬環境保全開発会議 第1回会議 議事録

【日時】12月15日(土)17:30−20:30
【会場】南行徳公民館視聴覚室
【主催】特定非営利活動法人 三番瀬環境市民センター(NPO三番瀬)


<委員>
佐藤  滋(早稲田大学工学部教授・都市計画)コーディネーター
北原 理雄(千葉大学工学部教授・都市計画)
風呂田利夫(東邦大学理工学部教授・生物学/県三番瀬再生計画検討組織設立準備会委員)
木村 賢史(東京都環境科学研究所・沿岸域環境)
中村 由行(独立行政法人港湾空港技術研究所沿岸生態研究室長)※
(※)代理出席:桑江朝比呂(同研究所海洋・水工部主任研究官)
田草川信慈(市川市建設局行徳臨海部対策担当・技監)
志村 英雄(日本野鳥の会千葉県支部長)
小埜尾精一(三番瀬研究会代表・三番瀬フォーラム顧問)
寺田 一哉(三番瀬フォーラム)
<進行>
安達 宏之(NPO法人三番瀬環境市民センター理事長)
町田恵美子(NPO法人三番瀬環境市民センター副理事長)

佐藤:みなさま、こんばんは。私、今日コーディネーターをさせていただきます早稲田大学の理工学部教授の佐藤と申します。三番瀬の問題はこれまでもいろいろな積み重ねがあるかとも思いますが、1991年に開催された国際会議(三番瀬研究会・三番瀬フォーラム・三番瀬を21世紀に残す会主催「三番瀬・都市の中の自然海域」)が新しい出発点であったかと思われます。その後、色々な活動がありまして大きく三番瀬の問題というのは方向が転換されました。今度、堂本知事が誕生して、その中で出てきたのがある意味での結論になっているかと思います。三番瀬フォーラムでは、堂本知事が就任した後いくつかの提言をまとめて、渡していますが、その提言の中では専門家を集めて相当な研究や議論がなされているので、きちっとしたラウンドテーブルで議論をしてその中でいろいろなことを決めていったら良いのではないかという提言でした。それが具体的に、今県の方で主催している会議などで進んでいるかと思います。
 しかし本当は私たち、今日集まったメンバーがきちっとした議論をしたいということもありまして、今日三番瀬環境保全開発会議の第一回ということになったかと思います。ですから、この会議は言いっぱなしの会議ではなく、きちっと会を重ねていっていろいろなところへ提言していき、アピールしていく。そういう役割を持っています。また、アピールだけでなくて具体的に担っていかなければならないことも多いかと思います。そのようなことで、今日は第一回ですが、今までしてきた議論、つまり1991年以降してきた議論を集めまして、基本的な認識をつくりたいというのが大きな主旨かと思いますので、そういうことで今日お集まりの委員の方々にはよろしくお願いいたします。それから、会場の皆様もそういうことでご協力していただきたいと思います。
 それではまず、出席していただいている方々を、本来なら私から紹介するべきですが、それぞれの方々が自己紹介していただきたいと思います。

寺田:三番瀬フォーラムの寺田と申します。私は本来裏方をやっていますが、議論にはずっと参加していましたので、今回は端っこから発言させていただきたいと思います。

小埜尾:小埜尾と申します。三番瀬研究会の代表と三番瀬フォーラムの顧問をしております。三番瀬研究会というのは三番瀬という名前を頭に付けた団体としては一番古い団体ですが、来年1月になると丸14年を迎えることとなります。91年に国際シンポジウムを開いた頃にはマスメディアではあまり取り上げられていなかったが、そのころから調査研究を通してきたということで、三番瀬に関する知識には自負がありますので、問題提起から発言したいと思います。

志村:日本野鳥の会千葉県支部の志村と申します。私どもは三番瀬については10数年前に三番瀬フォーラムさんが行政の埋め立てプランに対するカウンタープランを提出した頃から、ずっと脇で見せていただいておりました。従来の自然保護というのが、行政なり企業なりの開発プランに対して、とにかくまず反対であるという事だけに終始していた。最大でも、100%開発プランを中止させるという事以上のものにはならないと認識していた中で、三番瀬フォーラムさんが行ったことは、行政の開発に対するカウンタープランというものを用意して、埋められた後の海岸線をもう一度もとの自然環境に戻したいという、もちろん完璧に全部戻すと言うことは無理だとは思いますが、そういうものであるということで、大変びっくりしました。とは申しましても、当時私どもは谷津干潟の件が終わった後で、次の私達のテーマは磐洲の方に向けて動き始めることになりましたので、三番瀬について小埜尾さんの方に任せきりという事で、うちは後方支援ということでずっとやらせていただいたのですけれども、後ほどご紹介させていただきますが、調査というのは一定程度続けて参りました。ただ今回、知事が就任なさいまして、もちろん知事に対する提言ということもして参りましたが、フォーラムさんが今までやってこられたことをもう一回こういう形で再整理して、それでさらに行政に対する提言という形でつくるので是非つきあえとのことでしたので喜んでお手伝いさせていただきたいと言うことで本日は参りました。本日はよろしくお願いします。

北原:こんばんは千葉大学の北原です。工学部で佐藤さんと同じ都市計画の研究をしています。佐藤さんもおっしゃられたように都市計画というのは、従来は海を埋め、山を崩して、それから都市づくりを考えるという領域でしたが、これからの都市計画は、海も山も含めたトータルの自然生態系の中で人間の生活を考えていかないと、本当の環境の質の向上には結びつかないと思います。数年前からフォーラムのみなさんと一緒に活動して、昨年からはNPO三番瀬、行徳郷土文化懇話会、市川市といっしょに「海辺のふるさと再生計画」に取り組んでいます。今日はその成果の紹介をさせていただこうと思います。個人的には習志野で幼稚園から大学を出るまで暮らしていました。鷺沼から幕張あたりの、干潟、遠浅の海が私の遊び場で、そういう意味では自分の原風景を回復するということもあるのかなという気がしています。

田草川:市川市役所の田草川と申します。私は、海と臨海部の課題解決をしながら、またより良い環境とまちを作っていこうという仕事をしております。埋め立ては県事業ですが、その埋め立ての話は別として、市川市は3年前から一貫して、海を再生すること、それから市民の海辺を取り戻すという事を主張してまいりました。今回知事の表明によりまして、埋め立てはしない、ただし新たな海の再生計画を作るという事ですから、私達が主張してきた、海の再生と市民の海辺を取り戻すということの時期がむしろ早まるのではないかと期待しております。市川市民が30年間海から遠ざけられてきたと、あちこちで聞きますので、できるだけ早く事業に前向きに取り組んでいただきたいと思っています。どうぞよろしくお願いします。

木村:東京都海洋科学研究所の木村と申します。私は東京都なものですから、東京港の沿岸域の環境修復という事業を実験的にやっております。三番瀬の場合はみなさんの努力が実った結果、保存されるということが決まりましたので、非常に東京都の立場から見るとうらやましいかぎりです。東京都の場合はもう自然が残されていないものですから、人工的なものを作らなければいけない。ただ、三番瀬の場合、市民の方が容易にアクセスできるような環境になっていない。そこにはやはり、若干人の手を加える必要があるということで、そのへんで少しお役に立てればということで今日は参加させていただきました。

桑江:桑江と申します。私が所属しているのは港湾空港技術研究所と言いまして、4月から独法化してしまいましたので、すこしややこしいのですが、もともとは国土交通省の研究機関で、その前は運輸省の研究機関でした。今回の会は、新聞等では行政サイドの代表のように書かれていましたが、決してそうではなく私は一研究者としての立場として、私どもの研究所の方で干潟の環境について10年近く研究してまいりましたので、その一部を紹介させていただきたいと思います。こういった会議に私どもの関係者が呼んでいただいたので、これからもどうぞよろしくお願いいたします。ちなみに私は、幼稚園から高校まで千葉の我孫子で育ちました。

佐藤:ありがとうございました。それでは今日の議論の進め方を若干ご紹介したいと思います。まず、現状はこういう状態に立っています。千葉県庁が埋め立て白紙撤回を発表したが、状況はいろいろと進んでいます。昨日も私は深夜三番瀬の夜間散策会に参加しましたが、三番瀬の中を歩いてみると、中にぬるぬるのところがあってこれは本当に良い海なのかというようなことも思いました。自然は常に動いているので、今の状態がどうなっているか確認をする必要があると思いますので、最初にそういうことに関して問題提起を三番瀬フォーラムの方からしていただきたいと思います。そういうものを受けて、現実に再生技術に関してはどの程度まで進んでいるのかについて、そういう知見をも進んでいるかと思います。やっとそういったことを、きちっと考えられるようになってきたので、環境修復とか再生ということを行うときに、どういう事ができそうなのか、あるいはどこまで分かっているのかということを議論の前提として話していこうと思っています。それらを受けて、三番瀬というもの、あるいはその周辺の地域をどのように認識してゆくのか、基本認識を考えたいと思います。また、今後どういう事を議論していったらよいのかということを、各参加者から提起していただき、できれば第2回に何をするかをまとめたいと思います。そのように進めていきたいと思います。

まず、三番瀬研究会の代表で三番瀬フォーラムの顧問である小埜尾さんから、今の現状をどのように考えるべきなのかという問題提起をしていただきたいと思います。よろしくお願いします。

小埜尾:確かに、三番瀬の現状は、マスメディアを見ていると埋め立て撤回に拍手を送るが、それは環境問題とは関係のないことなんですね。それは人間が埋め立てるか埋め立てないかの判断をするだけでございまして、海の方の環境というのは別の次元であります。ここは県の方の議論もよく考えなければならないのですが、重要なのは三番瀬の海、あるいは陸域がどうなっているのか、それを受けて何をするべきかということを認識しなければ、計画を作る時間も期限がつかなくなりますし、それから予算対策という意味でも期限がつかなくなってしまいます。もうすこし、環境がどういう事になるから何をやり、また何をやらないかというような議論を進めてゆく必要があるかと思います。これは、言ってしまうと、デフレスパイラルなどという事が心配される時代ですが、昨日も三番瀬を歩いてみて、三番瀬の環境の悪循環のスパイラルというのが予測がついてしまう。となると、どういうようなスピードでやらなければならないかみなさん分かると思います。
 何を言いたいかというと、14年間の水質や生物の調査などで、ここ数年で一番今年が悪かったんですよね。それから、見たことも無いようなデータやテストの反応が出る。アンモニアが異常に多いですとかまた、塩分濃度が異常に低いとかいったことです。それから、見たこともないようなぬめりがあったり、シルトがあるということです。
 そこから長年の経験則の中で予測がつくものとして、まず海苔が良いものができない。船橋などのようにつるっとしたものができない。これはおそらくアンモニアや、濁りの影響かと思います。それから、湾全体に秋口の台風で真水が入ってしまったことで、これがうまく分散していないのかどうか分かりませんが、10月頃からずっと東京湾全体で貧酸素水注意報というのがでています。いろいろなところが貧酸素になって、鱸などが浮いてきてとれすぎてしまって、キロ100円という悪い値段で取り引きされていたりします。これは湾に流れ込む河川の問題も、三番瀬に対する大きな問題として考えなければならない。昨日歩いてみて、またその前1ヶ月前も歩いてみて、濁りがのっていて泥の中に足がずぶずぶと潜ってしまう状況です。本来三番瀬の干潟というのは、ほとんどのところが長靴の底すら潜らない堅い砂なのですが、昨日は下手をすると潜ったままという状況でした。シオフキという二枚貝はたくさん見つかるが、アサリは2,3個がやっとでした。稚貝はほとんど見えませんでした。
 このまま梅雨になって青潮が発生する。梅雨の時期にスコールのように降ると、秋口と同じように大量の水が出水し、それとともに、青潮がどういうわけか発生する。これが夏の時期になって太陽光線があたる時期になると、プランクトンの大増殖による赤潮が発生する。しかし、干潟に二枚貝が少ない、生物が少ないとなると、それを消費するものがいない。すると、当然赤潮を食べ残すことになる。そうなると秋口になるまでにプランクトンの死骸が沈降し、青潮の原因となる貧酸素水塊を発生する。そうすると、8月の終わりから9月にかけて青潮がたくさん発生する事になります。そこにまた、台風などで、あるいは季節はずれの低気圧などにあたったりすると、今年と同じように大きな出水をすることになる。ずっとこれが繰り返される可能性がある。
 したがって、すぐにでも、青潮なら青潮の、赤潮なら赤潮の対策というのを三番瀬の地域だけでなく、もっと広く利根川水系ぐらいまで見て水域の水質対策ということは早くに行うべきでしょう。これが僕らが見ている東京湾の三番瀬の海域の現状です。
 また、もうひとつ、これは人為的なことですが4月ごろから、堂本さんが知事になる前から県の方へ提言していた事ですが、仮に埋め立てが撤回されるのであれば、必ず先に三番瀬にルールを作らなければならないと提言していました。というのは、プレジャーボートでこれ以上入って魚をとったりアサリをとると密漁になりますよ、またあるいは釣り針も自然に分解されるものにしましょうとかです。そういうルールを先に決めないと無法地帯になりますよという警鐘を鳴らしていましたが、知事が受かった後の県議会で白紙撤回してしまいました。まだ、秋口になって寒くなったから良かったですが、来年の春になるとおそらく、三番瀬が手つかずで残るという事だけインプットされた人たちのプレジャーボートが、不法に浸入してくることが考えられる。人為的なプレジャーボートというものが、漁業に対するデメリットや環境に悪影響を及ぼすことが起こる。これも三番瀬の開発を、埋立てをやめてしまったときに問題になることなんです。これも早くに条例なりで決めて、きちんと守るように、あるいは守らなければ違反として取り締まらなければ、海が埋立てからはのがれて残ったけれども、結果的には荒れていくという心配が実はここにある。
 このふたつが今、目の前の恐怖であって、それを早くに回避するための議論を進め、あるいは実行するような計画をしていかないとまずいなと思っている次第です。

佐藤:要するに、これだけ手を入れてしまったところで、それから周りも人工的な環境で囲まれているところで、埋立をやめて、そのまま放置しておけば自然に回復するということではない。状況がどんどん動いているということだと思います。今後広い範囲で議論をしなければならないが、今日の会議は資料2枚目にしたがって進めたい。

安達:先ほどの小埜尾さんの話にもありましたが、私たちは対策を急がなければならないという認識を持っております。議論のたたき台として具体的にどういうような方向で進めていくかということを、最初に提示したいと思ってこちらの資料を作らせていただきました。埋め立ては白紙撤回されたが、埋立て計画の存在によって、行徳を含めた三番瀬周辺の放置された自然、あるいは地区をどうするかを考えなければならない。そのためにはまず、三番瀬およびその周辺のグランドデザインを提案しなければならないということを強く提言したいと思っています。これは個別の事業案をバラバラに積み上げていってしまっては、ひとつのまち、あるいはひとつのまとまった自然というものは維持できなくなってきます。そういう意味でまず、グランドデザインを最初に策定していこうということを明言しています。

 では、そのグランドデザインはどのようなものかということですが、まず最初にその目的です。再生計画は紛れも無く公共事業となります。環境修復事業として公共事業が行われるが、環境破壊ではない公共事業はどのようにすべきなのか。また、後ほど北原先生からお話があるかと思いますが、東京湾の埋立が進む前の環境、あるいは歴史そういったものを念頭に置きながら、長期の再生事業を行っていくことを目的として位置付けたいと思います。
 それではその事業を行うにあたっての目標、あるいは指標ですが、ひとつは見た目としましては後背湿地、アシ原というと分かりやすいかと思います。干潟というのは傾斜がありまして、その傾斜の一番高い部分にあった湿地、アシ原になるようなものを再生するべき。三番瀬は、すでにお話に出ていましたように完全な自然で残っていない。かつての緩やかな傾斜の下の方の部分が残っているにすぎませんので、その上のほうというのをどのようにするべきかを考えるべきです。またあわせて海草場、アマモ、コアマモを復活させる、あるいは生物のゆりかごというものを作る。
 後背湿地を作れば、今のような直立護岸では無くなってきますから、まちから歩いて干潟に行くようなことができるかと思いますし、またあるいは生物層が豊かになって今の現状の三番瀬で無くなってくれば毎年アサリがとれる、そういった海の安定性、海辺のまちとしての賑わい、活気を出していけるのではないかと考えています。
また、海の中あるいは地域の中、また両方が重なるところに関しては、ゾーニングのようなものが必要になってくるかと思います。先ほど利用ルールの話がありましたが、海に誰かが入っていって、誰かが貝をとっていけばそこには貝がいなくなります。もちろん漁業権という問題もありますが、実質的に入ってきているプレジャーボートなどに対する対策もとっていかなければならないかと思います。
 さらに地域の軸としては、まず三番瀬とその周辺を考慮しているが、最終的には東京湾全体で考えていきたいと思っています。そういうような大きなデザインを設定してから、その上で保全再生のための緊急事業の実施をやっていきたいと思います。この中でのやはり核になるのは、利用ルールの策定・実施です。これは単に看板を立てる。海浜公園などにも海に入らないようにという看板があるかと思いますが、実際に実効性のあるルールを策定して実行していこうということです。
 その中でいろいろな個別事業を展開していく。そのなかには直立護岸を再改修する、アクセスをしやすくする、また三番瀬で失った後背湿地を再生する、またエアレーションを設置するというものも必要であろうし、澪や沖合の穴の埋め戻しも必要であろうし、海草場の再生も大事であろうと考えています。
 ところで、これらを行っていく際には、資料には「実験と評価」と書いてありますが、今回の環境修復事業というものは、あくまでも環境を再生させるためのものですから、それを念頭に置いて展開していこう。それを実施するための手法というのはどういうものかといえば、大きい事業はしないで、小さい事業を少しずつ進めることです。失敗することもあるかと思います。あるいは失敗することがほとんどかもしれません、最初のうちは。そこでなぜ失敗をしたのか、たとえばアシ原を再生させる時に、できないとしたらなぜできないのかの評価をする。その評価に基づいて再度実験を行う。おそらくそのような事業の手法がこれからの、ワイズユースのモデル事業、自然を相手にした事業であると思う。
 そういうような事業は行政、研究者、企業、漁業者の方、住民などが参加する中で進めていくべき話なのでしょうが、将来的にはどのように管理してゆくのかが問題となっていくと思いますが、恒久的な保全管理期間というものを設置していかなければならないと考えています。以上のことを念頭に置いていけば、三番瀬問題というものを解決できるというのではないかということで、議論のたたき台として本資料を出させていただきました。このあたりについても、各委員の方から後ほどご意見があれば是非出していただきたいと思います。

 佐藤:地域軸、時間軸、参加軸とありますが、要するに、今後三番瀬の問題を考える時に、三番瀬のある特定の場所だけのことを考えるのでなく、東京湾全体を考えなければならないでしょうし、それから、三番瀬の中の一部のこともあるでしょうし、周辺の事もあるでしょう。こういった空間的なスケールを整理した上で、ひとつひとつの問題を考えなければならない。また、時間も、すぐにやっていかなければならないこともあるかと思いますし、非常に長い時間で考えなければならないこともあるでしょうし、あるいはその中間でいろいろな事業を順次組み立てながら考えるということもあるでしょう。そういう時間のスケールというものも考えなければならない。また、参加軸としてはどういう体制でやっていくのか。行政に全部お任せということにもならないでしょうし、NPOに全部お任せということにもならないでしょう。いろんな主体が関わってくる。そういったことを踏まえて頭を整理しながら進めたいと思います。
 それでは2番目の議論に入ります。環境修復技術というものがどんな状態にあるのか、あるいは今後どのように展開していくのか、いくべきなのかをご専門の立場からお話しいただきたいと思います。まず、木村さんから東京都での取り組みについて、事例等お話しいただきたいと思います。

木村:私の方では、自然干潟の保全ということだけではなく、無くなってしまった水辺環境を人工的ながらも、より自然に近い形で造り出し、市民に憩いの場を提供すると共に、生物の生息環境を創造していくという研究を行っています。
 まず、大田区の「大森ふるさと浜辺づくり」の取り組みからご紹介します。造成水域は、内川の河口域で昔製鉄所やガス会社がありまして、石炭などの積み出し港となっていたところですね。大田区は海に面しているのですが、驚くことに市民が海と接する場所が極めて少ないです。また、大田区の目標として、1人あたり6uの公園の設置目標や、都市の防災機能強化としての空間をつくりたい、また赤潮の発生などもあり水質改善などの目標もあります。
 造成水域では、石炭などの積荷がこぼれ落ちて、干潟になり野鳥が飛来するようになったんですね。そのため、野鳥の観察を楽しみにしている人もいて、それらの方々からせっかく生息場所ができたのに、開発をしてしまうことにたする反対の動きが起こりました。そこで区の方も、区民の意見を聴いたんですね。そうしますと、近隣に住む人たちは水辺に親水空間をつくってほしいという願いが強いんですね。当初の計画というのは、下水道局と大田区で進めており、下水の終末処理場の建設計画も抱き合わせであり、既にポンプ場があり現状でも豪雨時には汚れた水が流れ込んでくる場合もあります。ここに、さらに終末処理場ができると、さらに水質が悪化し、また親水空間もかなり減ってしまう計画でした。そこで、事業サイドも再検討し計画を変更して、下水道局では終末処理場の建設は中止し、区の方は人工の海浜を造り、その後背地に緑地をつくり、それから、既にできた石炭殻の干潟の材質を活用して沖合いに野鳥が生息・観察できるような干潟を造るという計画ができました。
 もちろん、それでも、野鳥を愛する方々からは手をつけることに対する反対もあり、近隣に住む人々からは親水空間を造ってほしいという声が多かったんです。そこで、お互いが少しづつ譲歩したんですね。区民の方も偉いのですが、大田区さんのほうも非常に辛抱強くやっている。区側では計画から造成工事にわたって随時区民や利害関係者の方と話し合いながら進めています。100人いれば100人の考えがあるわけでして、完全に合意を得るというのは難しいのですが、このような努力が相互理解を生み出し市民参加(造成後の維持管理も含めて)型の環境修復工事が実現できるのではないでしょうか。市民参加でこういうものを作り上げるというケースは、私の知る限りでは全国でも初めてかなと思っています。まだ造成中なもので、成果というのはお見せできないのですが、この事例は三番瀬の保全事業を進めていくうえで参考になるのではということで、今日は紹介させていただきました。
 話は変わりますが、ここで環境修復型の人工干潟の造成条件について述べてみたいと思います。これは国総研の細川先生が提案されている内容ですが、三番瀬は元々自然干潟ですが、そういうところに見られるような生物層が見られるというのがひとつの条件であろうかと思います。そういうような生物層が自然と似たような生息密度で生産者、消費者、分解者という流れで物が循環しているというのも必要となる。また、季節変動も含めた上で、自律安定的に維持されるということが条件かなと思います。ただ、そのときにですね、どういうものが課題となるかということですが、近隣の自然干潟と類似した構造や材質等で造成しなければならないのではないかということです。しかし、その条件を満たすことが難しい場合もあります。そこで、干潟面の砂の流出を堤防で防げないかとか、干出した時にも干潟面が乾燥しないようにタイドプールから水がしみ出すように造るとかですね。もう一つは周辺の地形上の問題がありますね。河川水の流入による低塩分化や貧酸素水・青潮の干潟への浸入により生物に大きなダメージを与える場合がります。これは周辺の地形も影響していると考えられます。葛西人工海浜を例にみますと、これは葛西の人工海浜の洪水時の写真ですが、河川水の浸入により干潟はほとんど淡水に覆われていることがわかります。これはなぜ起こるのか。ひとつは、両サイドが浦安などの埋め立て地に囲まれていることです。埋立て以前の自然干潟が広がっている時は、淡水が流れ込んできても、海水と速やかに混ざって生物にダメージを与えるほど問題にならなかったんですね。また、青潮の発生を招くような不自然な海底地形も当時は存在しなかったことです。
 では、三番瀬はどうかともうしますと、三番瀬も似ていますね。自然干潟ですけど、埋立地に囲まれていますね、淡水と海水の円滑な混合というのが難しくなっています。ただ、葛西と異なるのは干潟面積が格段に大きいので青潮が浸入しても壊滅的な被害は免れていることです。そういう意味で三番瀬というのも自然ではありながら、人為的影響を大きく受けてしまっているんですね。ちょっと、まとまりがないですがこの辺で。

佐藤:ありがとうございました。要するに、自然修復はこれからは試行錯誤しながら積み重ねていかねばならない。その中に市民参加などのプロセスも含めながらやらなければならないということですね。それでは港湾空技術港研究所というところで、やはり修復実験をなさっています桑江さんからお話しいただきたいと思います。

桑江:それでは私の方から、今実際にやっている研究内容について話をしたいと思います。旧運輸省がなぜこのような研究をやっているかですが、7年前にエコポート政策が作られのを受けて、港の中の干潟を保全したり、修復したり、造成するための技術研究として実際に干潟研究が始まりました。
 まずは、自然干潟の状況の観察を頻繁に行った。盤洲や人工干潟などに行っています。干潟を修復したり、造成したりする際に最終的に評価をしなければならないのですが、その評価の基準に関しては干潟の持っている機能をどれだけ回復したかで評価を行うべきだと思います。ですから、生物が住んだかとか、潮干狩りができるようになったかとか、実際に水をきれいにするようになったのかとかいったことをしっかり学ばなければいけない。私たちは干潟の機能について科学的に明らかにしようという姿勢でやっております。そういうことでまず自然の干潟に行こうということで、私たちが実際にフィールドにしていたのが盤洲干潟です。ご存じのように潮干狩りシーズンは人がたくさん集まります。まずは干潟がどれだけ水をきれいにするかということで、底泥による栄養塩の除去などの基礎的データを取っていった。
 その後実際に人工干潟を実験で作るために、まず海で作るような自信は無かったんですね。当時は人間が作ってうまくいくかどうかが、全く分からなかったんですね。ですから自然に近い状態を実際に作って、人工干潟がどのようになるかということを調べようということで、実験施設ができました。水槽が3つありまして、ここで実験をしています。基本的にはコントロールはほとんどありません。自然に近い状態です。まず、あらかじめ生物を全く入れないで行いました。これが実験開始から7年経って、生物というのは増えていきました。細かい話は次回以降に回すことにいたします。実験干潟でできた生態系というものが盤洲干潟と比較してどのようになっているのかということを比較します。生態系の中でいちばん小さいバクテリアというものは、実験施設の方が自然干潟より多いんですね、ということが分かりました。すこしサイズが上がってくるとだいたい同じぐらいになって、それからアサリやゴカイなどのマクロベントスぐらいになると、自然の干潟の方が特に夏になると上回っているなということが分かってきました。こういったことで、徐々に人工的に作った生態系というものの特徴が分かってきました。あとは多様性ということ関わる種類数を見ると、最初は実験施設の方は自然干潟に比べて少ないですね。途中から徐々に増えてきましてですね、最近では近づいてきていると思います。そういったことが分かってきました。ですから人工的に作った干潟というのは、少し小さい生物が多いだとか、種類数が少ないとか、住んでいる生物がぱっと出て、ぱっと消えてゆく生物が多くなりがちだということがだんだんと分かってきまして、この辺が人工的に干潟を作る際の課題だということがだんだんと分かってきました。
 最後に、今まで干潟の実験施設で自然に近いが自然ではない状況ですので、実際の海で人が作った干潟はどうなっているかを見るために、三河湾などで干潟が作られているところがあるので、こういったところでモニタリングを開始しています。ここはラッキーなことに、三河湾の入り口がすぐ浅くなってしまうので、航路を掘る砂が出てくるんですね。これがすごいきれいな砂で、粒の大きさが0.2ミリとかでアサリとかの漁業者の間で取り合いになるくらいなんですね。ですので、一例ですけどしっかり生物が根付いてきています。具体的な数字は次回以降に機会があればお伝えしたいと思いますが、なかなか上手く行っているところもあるということです。私の言いたい事というのは次のことです。適切な場所、たとえば昔干潟があった場所。適切な手段、つまりある程度波が来ないようにする。そして適切な材料、先ほどの三河湾の例のような良い砂とかを用いれば生物はすみ着いてくれますし、その浄化機能も発揮されるようにはできるでしょう。

佐藤:先ほど評価の基準が3つあるとおっしゃっていましたが、自律的安定が得られるかどうかということが重要だということでしたが、その辺は、桑江さんどうなんですか。現象としては現在見えてきているけれども、これが長期にわたって自律的安定システムを作れるかどうかというところですが、その辺はどうですか。

桑江:現実に作ると、恐ろしい地形変化が起きているところが多いんですね。ですから自律的に安定させるためには自律的に安定する地形を作り出せれば、可能性があると個人的に思っています。

佐藤:それでは、次にこういったことを行徳近郊緑地で、試行錯誤を繰り返しながら取り組んできた寺田さんからお話しいただきたいと思います。

寺田:資料の中に地図があると思いますが、行徳近郊緑地特別保全地区という場所があるかと思います。ここはいわゆる保護系の場所ではなくて、旧建設省系の首都圏整備委員会の国道開発庁の管轄にあった開発系の場所ですので、非常に厳しい開発制限が敷かれています。こうした環境は首都圏では非常に少なくなっているという状況にあります。ここはなぜ残ったかというと、市川2期埋め立ての前に市川1期という計画がありまして、その時にこの地区で尾瀬に続く自然保護運動ができまして、新浜保存運動が起こりまして、1500ha位だと思いますが、そのぐらいの大きな保存運動がありました。しかし、結局はこれだけの部分は残しますというかたちで開発は進んだということです。そのときに、この部分は淡水湿地として残すということでした。2期の沖合の方に人工干潟を作るということで、そっちの方で干潟は保全するということになりました。その時残った淡水湿地はひどい場所でして、埋立の時に出たヘドロの上澄み液をためた場所でした。この緑地設計当時は、人工干潟を作ろうと考えていたのですが、地盤沈下が多く、干潟を作るにはあまり適さない状態だった。淡水湿地に関してはビニールシートを用いて、淡水源が無いので水道水をためていたというすごいところなんです。残りの陸地部分に関しては、はじめは砂漠のような状態だったのですが、その後草が生えるようになっていきました。しかし、草も2種類しかなく生物層も少なくて価値が薄いという事で、是非湿地を残そうということで、海の水を使って湿地を作ろうということになりました。淡水湿地を作る際にはどこでも、水源というのが難しい。今後三番瀬に関してもこれは問題となると考えられんですけど、どうやって淡水源を得るかが難しい問題だと思います。やり方としましては、ラグーン式の湿地を作ろうということになりました。しかし海水源を得る際に、非常に汚いのでこれをまずきれいにしようということになりました。なぜ汚いかというと水中の酸素が使われてしまうからで、水質の悪化に関しては酸素を送り込もうということで、うなぎの養魚場で使われる水車などを用いて酸素を送り込んで、水をきれいにして水を送り込んでいった。すると、だんだんときれいになっていきました。そのようなことで、水が増えてきまして、湿地も増えてきました。また、ヨシ原もできてしまいました。しかし、これをやっていて一番たいへんだったのは、かつては汚れた水を公園に送り込むことに対して、千葉県の方から許可を得るのは非常に難しかったんですね。当時は、汚い水というのが栄養塩が多いということが理解されない状態でした。しかし、トヨタ財団からの助成資金である程度うまくいきまして、今現在では千葉県の予算としてより多くの湿地の復元というのが広がっています。

佐藤:ありがとうございました。具体的にこういう形で試行錯誤を繰り返しながら、様々な人が努力しながら湿地を回復するという活動が、三番瀬の近くで、これは元は同じ場所でしたが、行われているということであります。では、小埜尾さんから、技術的なことをお願いします。

小埜尾:技術的なことに関しては、専門家の方にお任せするとしまして、僕らが今必要な人が手を加えるべきポイントというものを挙げていまして、本当にゼネコンだとかが必要な事であるとか、あるいは造園的な手法が必要なこともありますがその辺は後に何回目かで話をしたいと思います。
 まず、僕らが三番瀬に求めているのは、空気、というよりも酸素ですね、それから真水、そこに加わるきちんとした海水、それから光ですね。この3つが再生の上でのキーワードだと思います。三番瀬にかけているものは、海水中の溶存酸素、それから光も赤潮などで阻害されたりします。それから水も三番瀬にとって本来であれば真水も適量であれば良いんですけれども、一気に出てくると、荒川から羽田の沖まで一気に流れるようではいけないわけです。これに関してはコントロールするコントロールセンターとそれを良くするための保全工事などをしなければならない。そういったことも考えなければならないが、まず一番緊急性のあるものはエアレーションです。先ほどの地図の船橋航路の人工的に12m掘った航路と、市川航路6.5mがあるんですが、これと埋立地を作るために掘った穴があるのですが、これらが青潮のもととなる無酸素水を作り出す。また、船橋航路の先の方に行きますと、沖合で同じ12mの深さに達します。東京湾の沖合で20mぐらいのところは夏場になれば、毎年無酸素水がたまってしまうので、東京湾の深いところは現実として青潮の発生源となってしまう事実があります。これが生物の生息に影響の無いようにして行くにはどのようにすればよいか。当然埋め戻したり、浅くしたり、できれば航路を浅くしたりしなければいけない。極論まで行けば航路を止めようとかもあります。これは乱暴な話ですが、そういうことにもなる。これはしかし、時間の方の軸を考えると非常に大きな話でして、それは目の前で来年7月、8月、9月に発生してくる青潮をどうするのかということになる。したがって、まずはじめに青潮の誘導路となっている2つの航路でエアレーションをができないか、ということをまずやりたいんです。これは先日船橋市が発表しましたが、小さなところ、航路脇の防泥柵のところでやるようです。それをもっと大規模にやっていかなければいけない。これは常設でなくても良いんです。青潮発生予測は気象だとか温度だとかでできるので、その時に一気にエアレーションをしていければ良いんです。常設ではなく実験的な施設でも良いんです。青潮は基本的に溶存酸素がゼロですが、アサリなどの二枚貝に関しては溶存酸素1%でもあれば、2、3日生きていると言われています。その次に、埋め戻しを行わなければならない。これも極端にすべて埋め戻すということではなく、まずはなだらかにしていく潮が流れるようにしていくということでも良いんです。それでまず最初の対処はできると思います。その次ですが、エアレーションができて青潮対策ができるようになった後、アマモ、コアマモを中心とした海草場を再生していく必要性がある。それができれば光合成のできる光のある時間帯には酸素の供給が行われてゆくというもとになります。それによって生物が増えれば、赤潮を食べてくれます。それらができて、貧酸素に対する三番瀬の体力が上がれば、エアレーション施設なんかは取ってしまっても良いと思います。同じように、後背地のアシ原再生などに関しても今のコンクリートベースのところにアシ原がポツンポツンとできても、そこからきれいな水がきちんと流れなければ意味はなくて、傾斜を作って干潟の一番高いところという位置付けを行わなければならない。ですから、埋立をするような開発ではなくてまずは傾斜を作ってゆくような開発をしなければ、水、酸素、光という、失われつつあるもの、さらにはもっと欲しいものは取り戻せないでしょう。それを人間の技術で、ある程度まで早急に取り戻していくべきだということです。そこに知恵だとか技術を注ぎ込んだ方が良いかと思っています。

佐藤:今までの話に変わって、自然の三番瀬といっても人の手がいろいろ入っているとのことで、それに技術的に対応することでいろいろな可能性が見えてきているなという感じがします。技術的な可能性が相当見えてきていること、またやらなければならないことが相当あるんだということが共通の認識になったかと思います。
次に陸のほうの話を北原さんから、今までの調査から分かってきた知見、それを都市計画的な立場から必要とされる環境技術ということ、また基本認識ということについてお願いします。

北原:都市計画からの視点ということですが、私の話とは今までの話と少し違って、科学的というよりは社会学的な視点というか、もう少しぼんやりした話かもしれません。まず第一に、堂本さんも「里海」とおっしゃっていますが、どのような意味で使われているかはやや曖昧なところがあるのですが、私も三番瀬は「里海」だと思っております。それはどういう意味でかというと、里山と同じように人々の暮らしを支えてきた、また、それと同時に人々が暮らすことによって支えられてきた海である。そのような人と自然の社会的、経済的システムを作らねばならない。そうでないと、三番瀬の本当の再生というのは持続的には難しいのではないかと思います。
 その一歩として「海辺のふるさと再生計画」というプロジェクトをやっています。そこでは、まず手始めに、かつて三番瀬の周辺の人々が海とどのような関係を持って暮らしていたのかということを調べるために、昨年度から、聞き取り調査を行っていて、昨年度5件、今年は6件、合計17人の人に話を聞いてきました。みなさんにお配りした資料にもありますが、海とどのような関係を持って暮らしていたのかということをまとめたのがこの図です。この調査から言えることは、行徳地区のまちは旧江戸川沿いに発達してきました。その意味では船橋とか習志野のまちとは、まちと海との関わり方が違っている。海との距離は2、3kmと大きく、その間にまち、田んぼ、アシ原、干潟の海という層構造ができている。ここを通って海との日常的な関わりがあったことが再確認できました。大人にとっては生産の場、子供にとっての遊び場として、生活にしっかりと根付いていたわけです。また、海の中にも性格の異なる場所があり、陸と同様に層状の構成があって、生態的にも社会的な使われ方としても、たとえば陸に近いところは一般の人も入れるけれども、ある線から先に行くと、漁師しか入れないとか、さらに沖に行くと行徳地区の漁師は漁業権を持っていなかったりしました。そのような明確なルールが存在していたと言えると思います。
 三番瀬の環境を保全、再生する時にはこういった生態系と社会システムを、どういう風に現代の私たちの暮らしの中に位置付けるかということが問題であって、特に社会経済システムに関しては全く同じ形の復元は不可能であるし、ある意味で無意味なことでもあるので、それをどういう形で現代社会の条件に合わせてもう一度組み立てていくかということが重要です。それができないと長期的に保全再生を推進していくのは不可能だと思います。これは昨年の聞き取りの事例ですが、行徳の塩づくりは戦前に一度廃止されているのですが、戦後ヤミの形で復活しています。また、藻場は生態系には良いが、海苔漁には邪魔になる。あるものがパーフェクトに誰にとっても良いものであるということはなくて、システムのバランスを取っていくことが、昔も今も難しい問題であると思います。また、江戸川放水路に船着き場があって、ここは漁業者しか使えない代わりに、漁業者が水害対策の責任を持っていたように、漁業権と環境管理が一体となっていました。また、三番性の歴史をずっと見てこられた漁師さんが、三番瀬というのは人が手を加えなければヘドロになってしまうと話してくれました。これは「里海」という言葉と対応する考え方だと思います。人間が手を加えない方が良い状態が保てる、そういう自然もあるかと思いますが、大都市の近郊にある三番瀬のような自然は、社会経済システムの中で人が手を入れ続けていかなければ保つことができない。漁師さんの言葉は人と自然とが共に支え合っているということをおっしゃっているのだと思います。こういった考え方にもとづいて今後のことも考えなければならないと思います。
 そこで今後に向けてのことですが、資料の中に「三番瀬海辺のふるさと再生計画」の昨年度の概要がありますが、下の方に提言が書いてあります。ひとつは現代の海辺の豊かさの維持と発展、二つ目が海とまちの関係の再生、三番目が持続的な取り組みということで挙げてあります。その中でも特にまちの暮らしと海の距離を縮めていく、これは物理的な面でも心理的な面でも両方あると思います。その距離を縮めていく際に、海辺の保全再生の持続的な取り組みが関わってくると思います。そして、暮らしと海との結びつきを回復していく時に、ハイテクだけでなく、ローテク・ハイタッチ的なシステム、住民参加という言葉がありますが、もう少し暮らしに近いところにまで関わってくるようなシステムを構築していくことが今後の大きなテーマになると思います。

佐藤:ありがとうございました。かつての社会システムを回復することは難しいわけですけど、それにかわってですね、新しい担い手としての市民グループなどが中心となって、新しい社会システムを作っていて、社会的にも安定したシステムを作ることが課題なんだろうと思います。それでは、市川市の田草川さんから、行政の立場からということで、三番瀬の基本的認識ということでよろしくお願いします。

田草川:まず今日、木村さんと桑江さんには初めてお会いしましたが、たいへん示唆に富む内容であったと思います。まず、現状ということでみなさんご存じの方も多いかと思いますが、浦安の埋立が2.5km先に出てしまいました。そのため、潮流も変わってしまいました。また、2m近くの地盤沈下などで干潟が水没するほどの大きな地形変化がありました。ですから今は全く手つかずの自然ではありません。そこで私たちは海の再生を言ってきました。先ほど桑江先生がおっしゃっていましたが、もともとここが干潟だったところであれば、復元が可能ではないかということで、たいへん心強く思っております。ここをかつての状態になるべく近づけたいということを考えています。
 現状としては、手元の資料にあるかと思いますが、全体的に海苔の収穫量が減ってきていることに加え、漁場が沖へと移動しています。本来おいしい海苔というのは浅瀬で作るとおいしいのですが、残念ながら沖に行ってベタ流しという状態となっております。今年は一度張った網を、うまくいかなくて引き上げるという状態になっています。さらに、1期の埋立が終わってから30年、浦安の埋立が終わってから20年ぐらいですが、アサリの水揚げ量がどんどん減って、10分の1ぐらいまでになっています。これは、いきなり減っているのではなくて、じわじわと減っていった。毎年海の見学会に行っていますが、自然干潟では自然の稚貝がいっぱい見えた。しかし今年はほとんど姿が見えなかった。素人目に見てもこれはおかしい。しかも、今年は市川航路よりの貝殻島のほうでアサリが一番とれたということです。これは決して、生態系が安定した良い状態ではないと認識しています。
 その他の問題としては、周辺を見ると、護岸の問題があります。全域が老朽化して危険な状態であす。しかも、浦安側の6.6mに対して、ここは5mくらいしか高さがありません。埋立計画があったため暫定的な護岸であるので、高さも足りませんし、構造も不十分です。今年の台風の時にはプレジャーボートが打ち上げられるぐらいの波がきました。護岸がこんな状態で良いのかと心配しております。また、現在でも公的な海岸線というのは、昔の御猟場のほうに県の海岸保全区域の指定がされています。本来埋立が無くなった時点で、海岸線の見直しというのが必要なのではないかと思います。
 それから市川塩浜駅がありますが、これも京葉線の旅客化が決まってから15年以上経ちました。その時から地元の方たちが、再整備の計画を練ってきました。地元が協力していこうということでしたが、埋立計画が二転三転している間に延び延びになって、今もそのままになっています。せっかく、新浦安だとか、幕張の方は整備されてきれいになっているにもかかわらず、ここの海側は今も閉鎖しているという状況です。しかし、海が再生されても臨海部がきちんと整備されないと市民の利用は難しいので、海辺のまちづくりということで考えています。
 さらに、近郊緑地に関しては、海との連携が取れていません。人の動きも、水の動きもありません。これらも一体的に考えていきたいと考えています。
 また、今回直接は関係のない問題ですが、地元にとって大きな問題として石垣場・東浜地区の問題があります。埋め立てて作るはずだった下水処理場を、県がもう一度ここで検討するということです。埋立問題が遅れたおかげで山積みになってしまったこれらの数々の問題を、一気にとは言いませんが、解決していかなければならない。そういうことをみなさんにご理解いただいた上でですね、それをよりよい方向で、前向きに議論していければと思います。

佐藤:ありがとうございました。それではですね、野鳥の会の志村さんに今の三番瀬をどのようにとらえているかということをお話しいただきたいと思います。

志村:三番瀬の現在を語れということですけれども、北原先生の話にもありましたけど船橋も行徳と同じような状況がありました。小学校から少し行ったところには柳があって、その先には湿地があって、その先には藻場、海草場がありました。その当時の藻場にはタツノオトシゴが見えるほどだった。藻場があるということはそういう生物も生きていける場所であったということです。また、うちの父親というのは下手な鉄砲うちだったんですが、いや、下手で良かったんですけれども、ついて参りますと行徳あたりへまいります。まだ真雁がいました。その当時から沖が真っ黒になるほどいた鴨がいます。それがスズガモという鴨がいます。私と行徳の関わりといいますと、25年あまり前に2年ちょっと住んでいたことがあります。行徳野鳥観察舎友の会の立ち上げメンバーでもあります。
 今、三番瀬を鳥の面から申し上げたいのですけれども、長い歴史の中で考えると、やはりスズガモの話になるかと思います。先日、田草川さんにスズガモが減っているのではないかという指摘がございましたが、私の安易な感想から言いますと、スズガモはいっぱいいるからスズガモだというぐらいに思っていました。25年くらい前に住んでいた当時は、沖合いでまだ鉄砲が撃てた時期であったが、夜になるとスズガモがものすごい羽音たてて保全緑地のほうに向かっていった。最盛期には数は10万〜20万羽程度と言われている。現在、三番瀬にはそんなにはいない。なぜいなくなったのか。ひとつは沖合で狩猟ができなくなってきた。できなくなってしばらくは大きな群れがきていた。それが最近では1万を超すような群れは見かけない。東京湾全域に拡散したと当初は考えたものの、そうかといって拡散したと予測されたところにもあまりいないので、ちょっと怖い状況であると思っています。鳥がなぜ集まるかといえば、安全であるということと、餌があるということです。また、繁殖するのであれば繁殖する場所があるという条件が整えば当然、鳥は集まる。それが今失われつつある。やはり、安定した餌になる生物がいなくなってきているのではないかという危惧もある。特にムラサキガイ、ホトトギスガイなどが減少してきているとうかがっています。鳥の全体の数は環境省の方でまとめられています。千葉県のデータつまり三番瀬のデータがたくさん数えられた時には、全国的にも多いという傾向もあります。従って、こういった二枚貝の仲間が減少すると、象徴的といわれるスズガモが減少することは防げないだろうと考えられます。
もう一つ、水質の問題で言いたいと思います。酸欠水になって青潮が発生するということですが、ちょっとしたことを人間がしたために酸欠水が出てしまったのではないかということが、小櫃川の方でおこっています。小櫃川の方では民間のスパリゾートの企業における開発が行われることになっておりまして、開発行為が行われること関して、私どもはその行為の前と後に独自の水質調査をしています。開発行為が行われることに対しての代償という形ではないかとは思いますが、昨年の夏に船の航路の浚渫ということを行っております。それを行った後、またもう一つ夏の終わりに雨が降ったという2重の要素だと思いますけれども、小櫃川の河口部に酸欠水が来ました。今まで、小櫃川の河口部に酸欠水は来なかったのですけれども、地元でもかなりショッキングなこととして話題となったということもあります。鳥の話であると、スズガモの他にもいろいろな鳥がおりますけども、鳥の問題と酸欠水の問題の2点を指摘して終わりにしたいと思います。

佐藤:ありがとうございました。一応委員の方々にそれぞれ一回ずつ話していただきましたが、基本認識ということで東京湾全体の中での三番瀬という問題と、三番瀬の中で問題のある場所というそれについて、基本的な認識を話したいと思いますが、猫実川河口の問題というのは常に問題となるところで、昨年のシンポジウムでも話しましたが、その辺を小埜尾さん簡単にお願いします。

小埜尾:東京湾から、三番瀬、猫実というようにどんどん小さくしていくのですけど、東京湾全体の中での今の環境をプラスマイナス・ゼロと仮定しますと、三番瀬はそれより上にあるんですね。それから三番瀬全体1200haも平均化してしまうと、全体としては生物もいるし良いね、という事になるんですよね。ところが猫実川河口というところと、市川航路の脇の部分だけは、平均点よりも大分低いというように、僕らは調査の中で見ているんです。ただし、いろんな団体で意見が分かれるのですが、僕らは猫実川河口というのはそんなに広いとは思っていないんです。県が持っているデータでは90haとなっていて、そんなに広くはなくて、ここはもう完全に三番瀬でして、ここではなくて猫実川と書いてあるところからちょこっとだけ出たところを、人為的に深くなっているところを、環境が良くないですよと言っているんです。ただ、そこが悪いがゆえにその周りも徐々に悪くなっているのではないのですかと言っているんです。ですから、そこにはいろいろな巻き貝ですとかエビだとかがいるのですけども、そこは三番瀬の平均点の中でいうと非常に悪い。すると現実的に言って、季節によってはヘドロくさくて良くないということがありますから、地域としても海域としても改良の余地が、絶対にあると思っています。ただ、ここにある生物というものが、僕らが主張しているような干潟ですとか海草場の再生によって生き残るか、別の餌となるようなものが復活するということも当然あるんですけども、これだけにこだわって、この議論だけで三番瀬に手をつけてはいけないとか、良いとかいう話はしない方が良いと思っています。基本的には三番瀬の基本的には平均的なレベルにもっていくための努力を再生事業とするべきだろうと思って、猫実川河口は良くないと言っていますけれども、ここに関しても調査だとかやるべき仕事というものは、間違いなく周りに不快な思いを与えていたり、海域全体にマイナス方向に働くものだという事を前提に今後いろいろと議論していく、あるいは再生の方向を見ていく必要があると思っています。

木村:私は、先ほど人工の干潟について批判的なことばかり申し上げたんですが、ただ造り方によってはかなり自然に近いものになります。特に三番瀬水域のように、そばに三番瀬という広大な自然の干潟があり環境を支える緩衝能力が大きい、要するに人工的な影響を修復する能力というのは高いんですね。そういう状況であれば、たぶん、小規模な造成であるならば成功するのではないかなと思っています。船橋人工海浜がその一例ではないでしょうか。東京都では、埋め立てを削って運河部に大井海浜公園を造ったんですね。映像でみると、ここに干潟があり、鳥堤も鳥が集まるようにということで造りました。後背地には観察小屋があって、野鳥観察の場になっています。そのため、立ち入り禁止になってます。また、礫、こういう石ころですね、こういうものを浅瀬の沖合の方には沈めてあります。そこで、ここを含めて4ヶ所の干潟、浅瀬、人工海浜の底生動物、魚類の生息状況を調査いたしました。1つは多摩川の河口浅瀬、砂質で底質も大変良好です。都内唯一のアサリの漁場です。それからつばさ公園、羽田空港の近傍にある公園ですが、そこのところに小さな干潟ができています。それから森ケ崎鼻干潟、ちょうど羽田飛行場にモノレールで行き海底トンネルをくぐる直前の左手に見えます。ただ森ケ崎下水処理場の影響を受けていますので、ゴカイがものすごく優占しています。それと先ほど写真で見せました大井海浜公園なんですが、調査の結果、意外なことに種類数が最も多く確認できたのは大井海浜公園でした。
 これはもちろん種類数だけでなくてその内訳も重要となります。今日はデータを持ってきていませんけれども要するに、礫とか、干潟、岩場(鳥堤)あるいは冬場なんで枯れていますがヨシ原もありまして、自然の基本的な条件を箱庭的なんですがそろえている、というところで種類数が増えてきたんじゃないかと思います。それから、先ほど桑江さんがおっしゃいましたように立地条件ですね。立地条件さえ良ければ、自然と同等とはいえないものの、自然に近い環境は造り出せるのではないかという気はしています。
 先ほどスズガモの話がありましたが、スズガモは葛西の海浜公園では年5000羽とか、多いときは数万羽飛来してます。三番瀬の補足調査の結果と比べましても、この点は葛西海浜公園の方が勝ってるなと思いました。なぜかというと東渚の方は立ち入り禁止になっていまして人が近づけないようになっています。そういう点で、先ほどの志村さんのお話にもありましたように安全性が確保されているというのも野鳥にとっては重要な生息条件の1つになるわけです。また、人工的な環境であっても、使っているのは天然の素材ですので、生物によっては造成の仕方によりかなり回復するということかなと思ってます。以上です。

佐藤:それでは、桑江さん

桑江:私はもう、国土交通省の組織のものではないので、代理として説明しますと、お手元にあります資料がインターネットで見られる東京湾整備計画とか、そういった内容になってます。まずこれができたきっかけは港湾法が去年改正されたことなんですね。環境の保全に配慮するということが明記されたというのが、法律では初めてでしたが、その辺りのことはここでは飛ばします。この港湾法には実は基本構想というのがあって、そこの中で具体的に自然再生事業をどのように進めていきましょうというときに、「地域住民」という言葉がしっかりと出てます。そういう多様な主体の参加連携をしましょうということになっています。お手元の資料にキーワードがいくつか書いてあって、まず「広域的かつ総合的な」というのが左側にも右側にも書いてあります。その一つの「広域的」とは、視点を広域的にいろんな人と話し合いながら決めていきましょうということで、これが多分ひとつの大きな転換点だというのがあるかと思います。それからその「総合的かつ広域的」というのがどういう意味かという絵が、資料に書いてありますけど、今まで例えば旧建設省が下水道のことを。それからこちらの方は保安庁、港湾局となっていたが、これからはいろんな省庁が一緒になって東京湾のことを考えましょうと、まあこういうところなんですね。その総合的広域的というのは。
 それで三番瀬について、こういったプロジェクトで話し合われているか、議題になっているかということは、私は実はよく分かりません。というのは、三番瀬をどうするかっていうのを決めるのは、地元の皆様であって港の管理者、もっとしっかり言うと千葉県になるはずなんですね。ですから国がどうしろ、ああしろという立場ではないということは是非とも認識してください。ただし、ここで広域的にみて例えば、もうちょっと具体的なことをいうと三番瀬のアサリが、たとえば盤洲干潟とか富津の干潟からの卵で支えられているとかになった場合には、もうちょっと広い視点から見ないと三番瀬自体の問題も解決しないかもしれないと、そういったことを国としては考えていきますというようなイメージなんですね。

(前半終了・休憩・後半へ)

佐藤:それではこれから後半ということになるのですが、時間も差し迫ってきているとのことですので、各委員の方結論について、5分ずつでどのようなことを考えてゆくべきかの話をしていただきたいと思います。

寺田:やはり人が一度手を入れた環境というものは、きちんと維持をしてゆくような仕組みを作らないと、劣化していってしまうというものなんです。特に今の状況というのは、かつてはどこの海にでもいたムラサキガイなんかが三番瀬においても見えなくなっているというような状況にあるんです。そういうような現状を見ていて今まで、いろいろな場所でいろいろかかわってきて思うこととして、今後の三番瀬の対策や、イメージというものは造園の発想で、確定的なイメージを作って、それに近づけるような事を目標にしてやっていってはいけないのではないかと思っています。
 ではどうすればよいかというと、少しずつの試行錯誤というものをして徐々に進めればよいということだと思います。これというのは50から100年のスパンの計画で行うものであって良いと思われます。また桑江さんの実験なんかに関してなんですが、今までは閉鎖系の測定でないと難しいとおもわれていたこともあるかと思いますが、実際にできてきている人工干潟なんかの現象だけを見れば、それが開放形でうまくいってしまうということもあるのではないでしょうか。そういった実験というものもさらに進めていくことも良いのではないかと思います。

志村:人工干潟の話で言うと、やはり難しい面があるかと思います。たとえば稲毛の浜であるとか検見川の浜であるとかいうようなところの事例があります。そこはそこに入れる砂の粒径の問題もありますし、それから外海の波が強すぎて干潟が形成される前に流れてしまうという、そういう、二重の意味があったかと思います。ところが、それに対して先ほど一定程度の成功例というのを、ご紹介いただいたわけですけれども実はもうちょっと身近なところに、鳥の生息環境ということだけに関していえばかなり成功している事例があると思います。どこかといいますと、三番瀬の船橋側でありまして船橋海浜公園といわれているところであります。あそこは先ほどのお話にもありましたように元々あの辺は干潟であったところが、今や浅海域となっているところであります。当然かつての環境がよく似ているというか、まさにそのものですね。そこに上に載せた土が航路を掘った泥だということでありますので、これは実験ではなかったわけですけれどもかなり元の干潟環境に近い環境に作られたんじゃないかと言って良いかと思います。
 鳥に関して、鳥はそこをどのように使っているかということについてなんですが、スズガモが浜沖に現在たくさんおります。手前に淡水のカモがおりまして、それから今いちばん珍しいのはミヤコドリという、くちばしも足も真っ赤なこんな大きい鳥ですけれど、それが日本中であんなにたくさんみられるところは今やありません。かつて一羽いてもバードウォッチャーは目の色変えて追っかけ回してたんですけれども、今はあそこに行けば去年行ったとき50を越してたと思います、今年もっとだと思います。100以上いるという話なんですけれども、とにかくどんどん数が増えてきているという感じです。ちょっと、数については私自身このシーズンはっきりみてないので分かりませんがとにかく増えています。それからシキチドリ類。他のシキチドリ類がたくさん三番瀬の船橋側についてます。そこと谷津干潟の間を毎日二度ずつ行き来しているわけですね。潮の干満の差がありますから谷津干潟は外海である三番瀬と潮の干満の差が二時間ぐらい、その日の状況によっても違いますが時間差があります。外海である三番瀬と囲われた谷津干潟の両方の環境に、渡り鳥であるシギ、チドリ類は上手く利用しています。両方でえさをとってそれから両方で休息をとるというそういう生活をしています。彼らにとって、私たちの調査ではわずか四分で、間を行き来しているということです。それからもう一つ、コアジサシという日本のレッドブックに載っていますが、これも夏の終わりには三番瀬と、先ほどから話にでています・・・の間、ここの間に最大数二万ぐらい結集しているということが近年分かってきています。何を言いたいかというと、人工干潟であっても三番瀬のように元々干潟であったところ、そこがたまたま地盤沈下した。そこに注意深く、実は三番瀬船橋は注意深くではなかったんですが、無造作にやったんですが、それがたまたま良かった。それをさらに注意深くそういうことをすることで市川側にもいい環境作れるのではないかと思います。それが一点です。
 もう一つは、淡水湿地の問題。アシ原を造成するという問題です。かつて三番瀬というのは先ほどの北原先生のお話にもありましたけれど、沖に藻場があって干潟があって、それからアシ原があって、それからその裏に水田があってそれからその奥に人が住んでる。そういう構造をしてたわけですね。その通りに戻すことは不可能でありますけれども、現在市川市側が直立護岸になっています。そこからいきなり深い海になっています。そこの部分に何らかの手を加える。これは、先ほどの寺田さんのお話にもあったようにちょっとやったら失敗して戻るという形になると思います。そんな簡単に自然というものは回復できないと思いますけれども、十分に注意しつつ再生することで鳥の仲間にも、海水の好きな鳥と淡水の好きな鳥がいます。淡水性のシギ、チドリ類という様なものがそこに戻ってくるだろうというのがあります。うまくいっているのが谷津干潟の淡水池です。谷津干潟が残される時に県の方に青写真を渡しました。それは東京港野鳥公園の淡水池でちょっとやったという事例があったからでした。そういう積み重ねが日本にもあります。今までは一気に造成していく傾向がありましたが、三番瀬に関してはかなり注意深くやる必要があるかと思います。干潟の問題と、淡水湿地の問題というのがセットでうまくいくというのが、鳥たちにとっても人間にとってもうまくいくかと思います。

木村:私は先ほど話が出ました維持管理が重要と思っています。三番瀬にしても、やはり人為的な影響の強いところに立地していますので、ゴミの清掃などの維持管理というものが重要になってくます。大田区でも、人工海浜と人工干潟を組み合わせたものを造成していますが、その計画段階も工事進行中も住民参加でやっております。最終的には維持管理も住民参加でやっていきたいと思っています。やはりそうすることによって、住民の方の意識も自分達の環境は自分達で守っていこうという気になりますし、区民と行政との意思疎通の円滑化にもつながると思います。ですから三番瀬についても、これだけみなさん三番瀬に関心をお持ちですので、最後まで保全工事後の維持管理まで参加していただきたいと思います。それからもうひとつ、なぜ三番瀬が重要かと申しますと、東京都では海浜公園の底生動物の生息調査をしていますが、豪雨の時などは二枚貝はほとんど全滅してしまいます。それでも次の年にはまた、ちゃんと稚貝が戻ってきています。なぜかというと近傍に二枚貝の幼生を供給する源があるからなんですね。そういう意味で三番瀬というのは非常に重要な役割を果たしていると思います。三番瀬を保全することは、東京湾湾奥部の生物を豊かにしていくことにもつながるわけです。

桑江:それでは、実際に仕事に携わる立場からひとつお願いという形で発現します。今までにも、干潟を作る時の再生の相談に乗ってきましたし、これからも喜んで相談に乗りたいと思っています。そのときにですね、たとえば干潟の再生のときに、「潮干狩りのできる干潟を作りたいけどどうすればよいでしょう?」などのような質問を受けるが、しかしこれでは答えるのは非常に難しいんです。鳥が集まって、かつ潮干狩りができる場を作ることは、ホトトギスガイとアサリはライバル関係にあるので、両方同時に実現することは難しいということになります。そのへんで、今後の方向性を決める上で、どのような干潟を作りたいのかを決めなければならない。その中でできれば、優先順位をつけていただきたいと思います。鳥が1番なのか、アサリがとれれば良いのかというところまでできれば決めていただければ、そうすることで、また、事業の評価もしやすくなって、また誰もが納得できる結果が訪れるかと思います。

田草川:私の方からは2点申し上げたいと思います。1点目は人の利用という事なんですが、知事が里海の再生といったのは良い言葉だったなぁという風に思っています。あそこの環境は調査でも言われていますが、漁業があって成り立っている。ですから漁業の継続が必要だと認識しています。寺田さんから50年?100年という話があったんですけども、最近、若い漁業者の方々と話合う機会があって、皆さんから、できるだけ急いで欲しいと言われました。慎重にしなければならないが、急がなければならないという知事の言葉と同じだと思います。これで漁業が成り立たなくなると、三番瀬の環境維持はまた難しくなってくると思っています。
 もう一つは、市民の利用です。直立護岸で人が行きませんから、不法係留が多くなったり、不法投棄のゴミ捨て場になったり、夜になると危ない。それらを改善しないと親しみがもてないし、大事にしようという気も起きてこない。ですから適切なルールのもとに人が水に親しめるようにしたいと思っています。そのために今の暫定護岸を直さなければならない。新しい本格的な護岸を作るのが、第一優先であると思っています。新しい海岸法を考慮に入れれば、まず安全性は確保しなければならない。と同時に、自然環境の保全・再生・創造というのも考えていかなければいけない。それから、人と海とのふれあいというのも大事に考えていかなければいけない。そういう精神でぜひ、護岸の整備をやっていただきたいと思っています。
 それからもう一つには、じつは今三番瀬を見たいという人からたくさん問い合わせがあります。ほとんどの人は干潟が広がっていて、鳥が群れ飛んでいることを予想してくる。しかし、実態は違って皆さん一様に驚かれます。これから県の会議なんかも始まりますが、それを見守る多くの方々の認識というのは、そういったものだと思います。県の補足調査の委員の方でも、実は現場に行ったことがないという方もいてがっかりしたことがありました。また、県の環境会議の現地視察も最後の段階で行なわて、もっと早く見にくれば良かったという声もありました。これから、再生計画を考える際には、現況を正しく把握した上での議論でないと、まったくかみ合わない。そのことに気をつけていただきたいということで言わせていただきました。

小埜尾:どうしても僕らがやっていることにはいろいろな弊害があったかと思います。自分たちが三番瀬を保全するためにいろいろな戦術、戦略を張ってきた。そうでなければ14年も、あるいはフォーラムであれば8年もやって来られるわけがないわけです。また行政の方も動いてくるわけが無いかと思います。また本を2冊出せるということは無かったと思います。これは全部、三番瀬の環境と陸域の環境を守り、再生するという戦略・戦術のなせる技だと思います。その中で、ついこの間まで、埋立計画が740haの計画でありまして1年数ヶ月前に101haになりました。でもそれでも埋め立てようとする動きがありました。それに対して環境はいいですよと、ある程度環境が悪いところには目をつぶって、環境はいいところなんですよ、生物がたくさんいますよという宣伝を行う必要があった。これは市民団体としてどの団体も行ってきたと思います。
しかし、今は違います。知事が白紙撤回を出してしまった今は、方向転換を自分たちの中でしないといけません。それは何か。完璧に現実なんです。現実にデータだけをどういう風に集め、またそのデータを評価して今の現実の世界と、あるいはこの後何をやりたいかという時間軸のスパンの中で、きちんと時間と、地域のグランドデザインという2つのデザインをしなければならないと思っています。その中で重要なのはコントロールセンターとして、県の円卓会議ができるのか僕らの方ができるのかは分かりませんが、きちんといろいろなものを見て、これは良いのか、エラーなのかを判断できなければならない。
 それと、この大きな1200haという7、8kmの海岸線に対して、ここだけが干潟、ここだけがアシ原、あるいはここだけがパブリックアクセスを持った階段護岸というようなものではなくて、いろいろな多様性があって良いと思うんです。どうしても今の海岸線を考える時にはキチッとつながっている。そうでなくてでこぼこで良いとはずなんです。それを忘れてしまって、ここは全部アシ原にしなければいけない、全部干潟にしなければいけないというように、僕らだってそう思ってます。ここは安全を守るために、またパブリックアクセスのためにコンクリートでも良いというところも考えなければならないんです。それが現実なんです。ですから、もし削り込める現実があったら僕だって削りますよ。でもそれは現実として、今、明日、来年、そんなことができないのでしたら、目の前にでできるものはエアレーションなのかあるいは、干潟に戻す埋め戻しなのか、あるいは藻場なのかという現実をどんどん積み重ねていけないと思っています。
 そのなかで一番大事なことは、三番瀬という環境、あるいは東京湾というものに関して、楽観視しないことが重要だと思います。良い方向に行くというのが、好転するというのが偶然であると思っておいた方がよいでしょう。これが偶然でない、つまり悪い方に行くと思って対処をしていかない限り、時間もルーズになるし計画も甘いものになる。結果的に失敗ばかり繰り返せば、必ず海は死んでいきます。埋立は無くなりました、でも海は死にました。こんなみっともない話はありません。そのためには時間のデザインとそれから、勿論良い再生、まちの再生、海の再生、人の再生というグランドデザインをしていかなければいけない。みなさんにお配りした資料。昔あった後背湿地のところを、距離ではなくて機能だけを再生していきたいと思っております。いろいろなゾーニングをしながら再生あるいは、再生をしなくても良いという答えを、いろいろなところで作っていかなければならないかと思います。今は行徳地区だけ、あるいは三番瀬だけ、海浜公園だけで考えていますが、これをららぽーと谷津干潟までを含んでいたり、東京湾全体で考えるようなゾーニングというものものをしながら物事を進めていかなければならない。そのなかで、アシ原があったり埋め戻しがあったり、エアレーションがあったり、あるいは漁場の再生というものが含まれなければいけない。そしてそれは、どの時間ですか、どの規模ですか、どのデザインですかということに優先順位をつけるコントロールセンターというものがなければ、今のまま全く変わらないと私は考えています。

北原:聞き取り調査をしている中で、かつての三番瀬には自然の循環再生システムがあって、それを漁業者が構造的に支えていた。たとえばアサリの漁は干潟を鋤き返す役目も果たしていた。ここら辺ではやっていた打瀬漁の場合だと、西遊記の猪八戒のような熊手に網がついたものを曳いて海底を鋤きさらっていました。もちろんそれが主目的ではありませんが、漁業が自然の再生に貢献するような、海の自然を整備していく形になっていました。町場の人間はその中で、豊かな自然の余沢に預かって、恩恵を享受していたようなところがあります。
 現在の三番瀬を見ると、周りを埋立地に囲まれ、しかもそこがどんどん都市化してしまって、漁業だけで三番瀬の自然を保全していくのが不可能になってしまっています。そこで町場の人間、かつては余沢を受けていた人々がもう少し積極的に関わっていかないといけない。たとえば里山の場合、かつては農業が里山を支え、里山に支えられるシステムがあって、町の人間は山菜やキノコ採りに入ったりして余沢を受けていたんですが、現在では農業が里山を支えられなくなっています。その代わりに新住民が里山の保全運動をやって、保全が成功した暁には、その維持管理のシステムに積極的に参加しています。そういう動きが、千葉県では東葛地区を中心に起こっています。それと同じようなことを三番瀬でも考えていかないといけないと思います。今はNPO三番瀬のようなボランティアが主体となって三番瀬の保全を進めてますが、ボランティアだけではなく住民が中心になって里海の保全と維持に関わっていかないといけない。
 では住民というのはどこにいるのかという話になります。もちろんたくさん住民はいます。でももっと三番瀬の近くに住民がいてほしい。さきほど田草川さんが塩浜周辺で土地利用の見直しが必要になっていると指摘されましたが、海側の再生と陸側の土地利用を連携させていく必要があります。三番瀬を支えられる住民とを根付かせるような土地利用を考えないといけないと思います。そういう意味では、海と暮らしが結びつく街の姿をきちんと描き出していくのが都市計画の仕事だと思っています。それは専門家だけで描けるものではなくて、住民と一緒に描いていかなければならない。
 それからもう一つはルールの話ですが、ルールを早急にきちんと決める必要があります。それと同時にルールを支えていく人づくりを進めていく必要がります。三番瀬祭りでも塩づくりをやっていますが、かつての海辺の生業を体験する機会を環境教育の中に取り入れるのはとても良いことだと思います。今後は、それをもっと日常的な生活の場や教育の場に取り入れていく必要があると思います。
 少しポンチ絵的になりますが、たとえば住民と地域のいろいろな組織と一体になって、「三番瀬ふるさと組」といった新しい組織を立ち上げて、その中で海と暮らしを結びつけていく様々な取り組みを行い、海と暮らしの結びつきを支えていく次の世代の人材を育てていくことができないでしょうか。この絵は、たとえばそういう組織のができたとしての「もしもシリーズ」です。学生たちの思い付きなので、あまり詳しく見ないでください(笑)。たとえば、水路を復元できたとすると、そこで住民の生活に必要なものを配達する水路生協をつくったらどうかとか。それからアシ原を再生して、昔はアシ原の芦は葭簀の材料に売れたんですが今は売れないので、芦で筏を作って筏レースをしようとか。昔は子供たちがアサリを捕ってお小遣いを稼いでいたので、ハゼを捕って、夏にスイカと取り替えて、ハゼでスイカが釣れないかとか。半ば冗談で半ば本気なんですが、こういった日常的な取り組みは比較的簡単にできるので、海の側で保全を進めるのと同時に、まちの側で今はイベント的に行われていることをもっと日常的な取り組みの中へ取り込んでいくことが考えられても良いのではないかと思います。こういうアイデアを見て自分だったらもっと良いアイデアがあると思ってくれる人が一人でも二人でも出れば大成功です。是非みんなで知恵を出し合って、町の側から海を守り育てていくシステムを明日からでも作り上げていけたらと思っています。

佐藤:ありがとうございました。今回の話を踏まえて次回にまた展開していきたいと思いますが。今までシンポジウムを含めていろいろ、議論してきた中で、今日の議論は自信に満ちた議論であったと思います。これは、可能性があるからだと思います。人がいろいろ三番瀬に働きかけていっていろいろなことができるぞ、という話が力強く語られたと思います。しかし、一方で放っておいたらひどい目に遭うという危機感も共有されたかと思われます。非常に難しい現状にある、三番瀬が変わっていく中で、働きかけるということのか可能性が相当見えてきたんじゃないかと思います。ですからその辺のところは共有できたんじゃないかと思います。また、いろいろな技術的可能性というものが見えてきたと思われます。また、里海ということはこれも多分三番瀬フォーラムの議論で出てきたんじゃないかと思いますが、要するに人と海との良いかかわりの中で、素晴らしい環境が保全開発できるという事じゃないかと思います。ですから、そういうイメージというものがはっきりしてきたのではないかと思います。
 それで安達さんが最初にご説明になった資料の2枚目のところの中で議論できたことと、できなかった事があるかと思いますが、たとえば利用ルールのこと。これは緊急だということで田草川さんがお話になりましたけども、このへんはこれから具体的に緊急にやらなければならないことだと思いますので、これがひとつ。それから恒久的な保全管理機関の設置。これは今日の話で、三番瀬野周辺でいろいろ手を入れてきて、それがいろんな形で効果を上げてきているということが随分はっきりしてきたと思います。ですから、恒久的な保全管理機関の設置というのは何も今に始まったことでなくて、みなさんいろいろやってきた事で、そういうものをどういうように結集していくかということになるかと思いますけれども、こういうことも今後議論していく必要があるかと思います。それから三番瀬と周辺地域。これは非常に重い問題で、陸の側の問題ですね。塩浜の駅周辺ですとか、こういう事もはっきりとしたイメージというものを作っていく。しかし先ほどの里海というような理念といいますか、共有された理念の上での状況というものを考えていかなければいけないと思います。
 第二回目以降も、そうゆっくりはしていられない。緊急にキチッとまとめなければならないということもあるかと思いますので、また次の機会に1月に予定されているかと思いますが、是非お集まりいただきたいと思います。

(了)