三番瀬環境保全開発会議
Sanban-ze Conservation and Development
Commission
三番瀬シンポジウム「海域の再生と街づくり、その未来!」
−第6回三番瀬環境保全開発会議−
2005/1/22
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▼参加委員(順不同・●印が座長・敬称略)
○工藤 孝浩( 神奈川県水産総合研究所 主任研究員
)
○木村 賢史( 東海大学海洋学部教授 )
○田草川信慈( 市川市建設局街づくり部長
)
○森田 健二( (株)東京久栄 )
○山中 亮一( 横浜国立大学 大学院 助手
)
○北原 理雄( 千葉大学工学部教授・都市計画
)
○富田 伸彦( 市川市塩浜協議会まちづくり委員会委員長
)
○志村 英雄( 日本野鳥の会千葉県支部長
)
●小埜尾精一( 三番瀬環境保全開発会議座長
三番瀬研究会代表 ) |
▼当日の議論の様子
シンポジウムでは、海と街の再生に取り組んでいる地元市や事業者、研究者、環境団体が一堂に集い、各々の活動の紹介や2005年の三番瀬の展望について議論しました。
まず、NPO理事長の安達が開会の挨拶を行い、「この4年間、千葉県は『三番瀬の再生』を掲げながらも、県による具体的な再生に向けた事業は何一つ動かなかった」と述べるとともに、一方でNPOは4年前に設立され、アマモ場再生実験に取り組み、いまや再生のノウハウをつかみつつあることを指摘。マイナスの4年間とプラスの4年間を対比させながら、フィールドで再生に向けた活動を行っている研究者、海と街の関係の再生に取り組む地元市、事業者に参画いただく本シンポジウムはプラス志向の話し合う場としたいと述べました。
シンポジウムでは、9名のパネラーがそれぞれ次のような意見を述べ、活発な意見交換の場となりました。
「すべては笑顔のために」(小埜尾精一氏)
座長の小埜尾氏は、1990年に三番瀬研究会が発表した「三番瀬の2020年に贈る」という三番瀬の再生イメージ図を示しながら、海域の再生と街づくりの必要性を改めて指摘、これまで行ってきた干潟のガイドや観察会の開催、アマモ場の再生実験などは、すべて「笑顔のため」に行っていると述べました。
また、現状の三番瀬が抱えるさまざまな課題について述べたうえで、干潟、アマモ場、ヨシ原をつくることが我々の目標であると力説。現在の三番瀬でアマモ場がほとんどなくなった原因の一つに、かつて人の手によってはぎとられたことがあると歴史的な経緯について指摘、人の手によって環境悪化を招いた三番瀬では、アマモ場を含めて人の手で再生させていかなくてはならないと述べました。
さらに、山中氏による海の公園における潮干狩りの実態についての報告(後述)後には、現在、三番瀬には密漁者が横行しているが、これは、今後、漁業権をどうするかという問題を棚上げし、再生計画が具体化していないからこそ生じたものであり、再生の動きを早めなくてはいけないと指摘しました。
アマモを通して三番瀬を見つめる(森田健二氏)
「アマモを通して海の自然を見ていきたい」という森田氏は、三番瀬におけるアマモ場再生の可能性検証について、現在までの数回にわたる実験を踏まえながらその途中経過を報告しました。
「アマモとはどんな植物なのか?」「アマモ場は海の中でどのような機能を果たすのか?」「アマモ場に適した環境とは?」などの興味深い話題を取り上げつつ、これからアマモ場が三番瀬で再び繁茂するために残された課題を挙げ、藻場再生を行う上での中期的および長期的展望について述べました。
また、昭和30年代の東京湾において稚貝が放流されたり、「どったり」と呼ばれた干潟を耕す作業について紹介。自然の手入れはかつてはきちんと行われており、現在も必要であることを指摘しました。
神奈川での多彩な取り組み、三番瀬での可能性(工藤孝浩氏)
工藤氏は、1970年代以降に神奈川県の干潟湾で行われた環境改変の歴史や、人工海浜の抱える問題について報告しました。また、現在は市民(主に子ども)を交えて海水浄化ワークショップやアマモ場再生事業が行われていることについてなどを述べ、市民と行政の間に中間支援組織が参入することによって多彩な取り組みが行われていることを紹介しました。
三番瀬については、東京湾の自然環境にとって三番瀬がきわめて重要なものであることを指摘しながら、東京湾をよくするためには、三番瀬をよくすることが絶対条件であると述べました。
さらにシンポジウムの後半で行われた東京湾の環境悪化についての議論の中では、魚類や甲殻類が減少している実態を指摘し、アマモ場をつくればコウイカなど生物の産卵場が増えることになり、環境修復につながると述べました。
「海の公園」における潮干狩りと利用ルール(山中亮一氏)
山中氏は、神奈川県横浜市金沢区における海の公園での、季節的・時間的な潮干狩りの漁獲量の変化や潮干狩り客の行動特性などを調査した御自身の研究の紹介をしました。
また、商売目的のアサリの乱獲が特に人目のつかない夜中に多いことを指摘し、乱獲防止のための条例による罰則・漁獲量制限の制定を行う必要があることを示唆しました。
国の財産である三番瀬の環境修復を(木村賢史氏)
木村氏は、葛西臨海公園沖の干潟は青潮などの被害を受けて一度生物が激減すると回復が遅くその後も生物数が少なくなってしまうのに対し、横浜の方では同様に被害を受けても回復力が大変高く、再生産力が高いことなど、これまでの東京湾の干潟研究についてさまざまな話をしました。
そして、三番瀬について、東京湾における重要な干潟・浅場である一方で、海が街に近くなり、生態系の修復につながるような施策の必要性を指摘しました。シンポジウムの後半の議論では、塩浜地先(いわゆる猫実川河口)についても、環境上の課題を指摘し、人が近づけるようになり、漁業のある場ともなるようにすべきと述べました。
擬似自然の享受から、身近な自然を住民がまもる時代へ(北原理雄氏)
北原氏は、20世紀が住民に対して擬似自然を享受することを求めていたのに対して、21世紀は、住民が身近な自然をマネジメントしながらその環境をまもる時代であることを指摘。三番瀬は、街と自然の関係を考える重要な素材であると述べました。
また、NPO三番瀬スタッフと千葉大学生とで協力して行った「街あるき」や地元市民(市川市)へのヒアリングなどの様子を報告しました。また、街づくりワークショップを行うプロセスにおいて市民は三番瀬が接触できない海として認識されており、ふなばし三番瀬海浜公園のような親水性のある空間が求められていることを指摘しました。
「段階的に街づくりをしていく」ことを目標に(富田伸彦氏)
富田氏は、「やるならやる。やらないならやらない」と、塩浜地区の再開発についてどちらにしても決断を早くしたいとまず述べました。そのうえで、市川市の塩浜地区80ha(主に、塩浜2〜3丁目)を中心に、段階的に変えていく計画を立てていることを発表し、海を生かした街づくりを行っていく構想を示しました。
そのために、地元市民に積極的にヒアリング調査を行い、車両の進入不能な憩いの広場の提供などを筆頭に「他とは差別化した」街づくりを目指していることを述べました。
市の努力、市民の積極的参加が大事(田草川信慈氏)
田草川氏は、三番瀬の市川市側の護岸が仮補修したにもかかわらず立入禁止であること、漁業が衰退していること、JR市川塩浜駅周辺の整備が手つかずの状態になっていることなどを挙げ、行政の努力と市民の積極的参加が重要であることを指摘しました。
また、自身が、30年前に行徳野鳥観察舎において最初の市担当者となったことなどに触れながら、30年間海にかかわってきたものの、再生に向けた「仕上げ」の段階で動きが止まっている現状について歯がゆく思っていると感想を述べ、現在のように次々に人が離れていくような流れではなく、みんながらせん階段をのぼるように、連携しながら上に進んでいくようにしていきたいと述べました。
鳥の視点から見ても、三番瀬の再生を(志村英雄氏)
志村氏は、まず自然保護の歴史では、個体保護から生息地の保全・再生にシフトしていることを指摘。すでに破壊された生息環境を再生させるステージが「三番瀬」であると述べ、これについて千葉県知事が理解していないことを批判しました。
そのうえで、三番瀬における密漁の実態(個人が行っているものだけでなく、組織的な動きもあること)や、日本野鳥の会千葉県支部がすすめているスズガモ生息状況の調査などについての報告を行いました。さらに、三番瀬に近い谷津干潟でのウルバ・プロジェクトや小櫃川河口域の盤洲干潟での野鳥の会の活動についても触れました。そして、青潮はスズガモの個体群維持を不安定にし、他の渡り鳥の生活にも多大な影響を及ぼすために三番瀬から失われたアマモを再移植して藻場を再生させ、海域再生に努めることは重要であると指摘しました。
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