真の「海のある暮らし」へ向けて
2005/06/22

 この部屋は半年ぶりの更新となりました。辞めていたわけではありませんので関係の皆様にはご心配をおかけしました。

 さて、私事ですがこの4月に行徳・妙典地区に住居を移しました。

 都内に住んでいた時と比べると潮の香りがしたり、深夜には船の警笛も聞こえる「海のある暮らし」です。他、以前とくらべると日常の中で新聞の地域版・ミニコミ誌などに三番瀬に関する情報がより多く入ります。無論、以前からほぼ週末は三番瀬におり現場での情報は変わりませんが、活字の情報が今までと変わりました。ささいなことですが私にとってはありがたいことです。地元の住民となって三番瀬の変化の様子を現地と活字情報と合わせ文字通り肌で感じることができるのです。

 海は面白い、いつも新発見があります。三番瀬にしてもそれなりの見識はあると思っていても、ひとつひとつ現場を訪れるたび、新たな発見や感動があります。ある意味、海には、三番瀬には基準はないと思います。唯一のあるとしたらそれは現場での事実・経験を基にした考察によるもののみだと思います。

 地元住民となった今、この部分を大切にして、三番瀬のよき翻訳者となれるよう、皆さんにより一層わかりやすくお伝えできるよう、努めていきたいと思います。その先に真の「海のある暮らし」の魅力や楽しみも合わせて伝わることができ、共感を持つ人が集っていただければいいかなと・・・

2005年の三番瀬は…
2005/01/01

 新年明けましておめでとうございます。

 一昨年は冷夏、昨年は猛暑暖冬…、さて今年はどんな気象状況となるのでしょうか?干潟や水深の浅い浅海域は気象条件も大きく影響を受ける要因のひとつで生物的・物理的な変化が見られます。実際、三番瀬では真夏には水温32度、真冬は4度を記録…併せて人的な負荷も高いこの激しい状況の中で、刻々と三番瀬の環境は変化していきます。私達はそれら情報を出来る限り吸い上げ、それを元に三番瀬保全再生へ進む材料にしていきたいと思います。

 HotNewsと重複しますが、今年も三番瀬レンジャーと共に三番瀬にとって良い年となるよう活動していきたいと思いますので皆様、本年もなにとぞ宜しくお願い申し上げます。

 2005年 元日 清積庸介

海苔をきっかけに一考察
2004/05/30

 今年2月のことでした。ふと思い返したら三番瀬で養殖している海苔をお店で買った経験がなく、どこかに売っていないか人に聞いたりして、探してみました。船橋漁港周辺にある市場のお店にその海苔はありました。製品となった海苔と対面出来た場所は(有)山崎園(047-423-5402)さん。等級の話など丁寧に説明していただき、私は焼き海苔と乾し海苔の両方購入。家に帰り、焙った海苔の香りが食卓に広がり、私の祖母も懐かしがりながら食べておりました。
 一方、船橋漁協は年々漁をする組合員が減っているとのこと。後継者不足の状態です。そこにある原因は組合の持つ漁業権が恒久的なものではなく、世襲制で且つ1年ごと更新を重ねていかねばならぬ短期的な権利とのこと。このような不安定な環境では後継者を育てようとも継ごうともする者も共に少ないでしょう。恒久的な漁業権を与え、さらに踏み込んで言えば新規で人が加入出来るような仕組みに変えていかなければ、その海の繁栄は有り得ないと私は思います。たとえ、保全活動の成果が現れ海の生産力が戻ろうとも、その恵みを陸に上げ、稼ぎ、美味しいお酒を飲み、次の漁獲を思い海を守っていく漁師の存在がなければ・・・
 浮遊した海苔が流れ着いた干潟で見たのをきっかけに、そんなことを思い、考えました。

千葉県円卓会議が終わった1月7日の会議傍聴時の感想と合わせて・・・
2004/01/27

私はこれまで自分が千葉県円卓会議に対する見解を述べたくとも自分の耳と目とで見て聞いてきているわけでもなく、発言のしようがなかった。周りからの報告や聞き伝え等で情報整理している程度だった。会議に対する評価は自分の目と耳で判断しよう!とそう心に決めて1月7日、今日の会議の傍聴に初めて臨んだ。半ば「ムダ足を踏むかも」、という気持ちとそのなかでも私は少しの期待感も持って行くことにした。真剣に取組む人達もいらっしゃるし直接、目にし耳にすれば一つ二つ位は光るものが見えるのではと・・・しかし会議全体を見ていくとそれはやはりムダ足であったとともにもすごい虚脱感が体を包んだ。悲しかった。空白の2年間の終りを見た。2年もの時間を費やした会議を数時間傍聴しただけで収拾のついていないものと簡単に判断できた。

 1月7日に千葉県円卓会議を傍聴した。それまで私は会議を傍聴したくてもあの平日5時始まりの会議スケジュールでは会社勤めの私をはじめ、ごくごく普通の一般市民はとても委員としての参加も傍聴も不可能である!千葉県知事は記者会見で県民参加の県政、住民参加といっているが、この現状を前にどう説明してくれるのか!?そう思いつつの傍聴だった。大勢の県民の参加と錯覚させる発表に違和感を感じざるをえない、浦安・市川・船橋の3市だけでも100万人以上の市民がいる中のほんの数名の一般市民からの委員参加のことを指すのだから!もの凄い統計感覚をしているものだと思った。
 この日、仕事の段取りをどうにか整え、何とか6時頃に会社を出て神田駅から京葉線の千葉みなと駅までたどり着き会場であるホテルオークラに5時開始から約2時間30分後の7時30分に会場へ入ることとなった。まず会場受付に置いてある紙の山に驚いた、一人分でA4用紙のおよそ3cm位の厚さにもなる束を持って入ることになった。受付脇の隅にむなしくA4用紙梱包用段ボールのカラの山が付近を占拠していた。3cmの紙の束を両手に会議での進行に紙をペラペラめくるのでも一苦労。ノンブルをふっていようが、通し番号を書いていようがそんなものは役に立たないほどの量であり、言葉尻の確認のために会場内にペラペラシャラシャラと紙の音が響く。一方、私達はこの2年間という時間軸のなかで限って振り返ってみると、干潟散策会にしろアマモ移植にしろ湿地再生にしろ現場作業を終え、改めてそのことを小さな公民館の会議室や三番瀬塩浜案内所で話していった。現場で得たモノを土台に新たな認識・発想を前向きな議論により実施し、実際に行動をしていった。行動→考察→行動→考察・・・それがなにより実り大きいものだったし本当に楽しかった、常に海を身近に感じていながら・・・。そして千葉県円卓会議。2年間を終え、「まだこれからがはじまり」という見方もある。確かに「これからの部分」はあると私も思うが平行して継続的に取組むべき施策は2年間置き去りにされたままである。有効な具体策も上積みできず紙だけは高く積み上げた円卓会議に私も「お疲れさま」と言いたい。この会議を立ち上げた県のトップ、初めのルール設定も示さずに円卓会議を迷走させ具体案も出せず文書の言葉尻だけを整えたそれを案とする、多方面の総意と仕立て上げて・・・この実に細かな部分まで曖昧になった紙束をどうぞ大切にして下さい。

 それとは別に私達は15年以上におよぶ活動の蓄積とこの2年間に加速して進んだ再生への取り組みを淡々と進めていくのみです。海に感謝しその魅力に浸かり、わずかばかりだが恩返しを続けていくのみです。清積庸介

一橋大学院生の6人の皆さんをガイド
2003/10/27

 HotNewsにも掲載しましたが、10月25日はガイド要請があり学生の皆さんをご案内しました。皆、三番瀬に来るのは初めてという6人、現状の三番瀬をしっかりと見ていただきました。水の透明度にはじまり、干潟・生物の多様性や機能、人との関わり(水産資源・景観のもたらす人への潤い)。
 一方で、後背湿地との連続性を失った現状、赤潮や青潮の問題、密漁、護岸、アオサ、アクセスの問題など直面する課題にも触れました。最後に三番瀬での保全の意味を解説、熱心にメモを取ってくださりました。その後、案内所に移動し、具体的な資料の閲覧、そして居合せた市川市の担当職員からの話を聞き、ガイド終了。
 三番瀬フォーラムでは干潟散策会を長年開いていますが、まだまだココを知らない方がたくさんいることでしょう。事実、隣接市に居住していながらも全く知らなかったという意見も案内所にて最近よく聞きます。ちょっとでも興味関心がある方は是非ご自分の眼で見て下さい。清積庸介

秋の三番瀬
2003/10/13

 9月後半から10月現在までにかけて海がぐっと秋めいてきました。春に比べると干潟の生き物の活動は鈍りますが、この時期の三番瀬も非常にいい情景を私たちに与えてくれます。先日の青潮調査で出船時、海から漁港を見た時、行徳の漁師の方々が冬の海苔網の準備をしているのを拝見しました。いつもの漁港より一段と活気があり、見ていても楽しいです。12日には海浜公園より周囲を散策、水の透明度のよさが非常に印象的でした。あとは、アオサがかなり岸よりに寄せられていたのが気になりましたが…
 胴長を穿いて沖へ出て、水面すれすれまで顔をつけて海底に目をやると…砂表面に黒い1対の穴がそこらじゅうに無数に…アサリの水管です。ゆっくり腰位の水深の所を歩いていると、水鳥の羽がふわふわ海面を移動しています。空が高く、程よい気温、波静かで周囲の喧騒とは無縁の場所、音と言えば小魚の跳ねる音と水鳥の群れの迫力のある独特な羽ばたき音、あとアサリ獲りをしている人の貝を篩っている音くらいでしょうか。干潮の時間を忘れるほどの心地良さに少々浸った秋のひとときでした。

9月22日青潮発生
2003/10/08

 9月22日(月)に青潮が発生した。数日前から我々の警戒レベルも非常に高かったので青潮発生にはある意味予想通りでありましたが、やはりいざ発生してみると非常に重い空気が我々の中にも充満します。千葉港内、幕張の浜、習志野の茜浜付近に発生した青潮は規模が大きそうでこのままいくと三番瀬にも入ってくるのではと思い、22日は気が気ではありませんでした。翌、23日早朝、急遽出船し現状把握に向かいましたが幸い干潟への影響は少なかったようです。しかし、航路内や行徳漁港前や塩浜護岸付近、人工澪などには沖から青潮が入ってきており三番瀬における問題点の一部を見せつけられた格好でありました。調査ポイントを青潮海域や航路、大洲付近等4点設定し数値測定をした結果、Do(溶存酸素)値が0(ゼロ)を計測する場所もあり、また塩分濃度が軒並み3.7%位とこの海域にしては高い数値を計測しました。心配なアマモ移植現場も確認しに行きましたが無事で、周囲のアサリもやや水管をいつもより大きく伸ばしているように見受けえられましたが元気でした。清積庸介
(写真左から、アマモ移植地点の調査風景、付近のアサリ、茜浜付近の「青潮」船から幕張方向を望む)

8月24日、東京湾湾口、観音崎自然博物館を視察
2003/08/31

 学生時代から少々お付き合いのあった観音崎自然博物館へボランティアとして当日の磯の生物観察会のサポート等に一日伺いました。海と山の自然に囲まれて、こじんまりとしていますが白を基調とした建物と芝生があざやかな博物館施設です。自生のアマモ場もあったり、地元観音崎の自然にスポットを当て、工夫されたの展示方法での紹介や東京湾全体の漁業や生態系の解説など私達の案内所運営にも非常にお手本となる施設の運営でした。特に実習学生や学生・地域住民のボランティアの活動が活発に機能しています。館運営の学芸員の方とはお互いの話などで交流をさせていただきました。今後は三番瀬から、千葉から東京から神奈川からなど、東京湾全体として自然再生や環境教育のありかたなど情報を発信していければいいのではと思いました。東京湾奥の三番瀬、湾口の観音崎と交流・ネットワークが広まり深まった良い一日でした。清積庸介
(写真左から、東京湾を一望できる芝生の映えた綺麗な施設/学芸員による指導のもと海藻展示の維持管理をする実習学生/若い活躍が多く見受けられました、実習学生・ボランティアルームでの一コマ)

三番瀬塩浜案内所での週末
2003/08/18

三番瀬塩浜案内所はプレオープンから1ヶ月が経たちました。私もタッチプール等水槽類のメンテや展示物の改良や訪問者の方への生きものの説明など行ったり今後の企画等をスタッフと議論したりして週末を過ごしています。8月に入り、訪問者の中に見覚えのある方が私が案内所に詰めている時だけでも3組いらっしゃいました。一人はフォーラム主催の散策会に来ていただいてその後、このHPを頻繁にチェックしてくださって来てくれた方。…私も散策会時に少々お話させていただいたのでよく覚えており、「ああ居た!」「ああ、ようこそ!」って、思わず2人で握手しちゃいました!それと先週末には2組。プレオープン時に海の見学会に参加いただき案内所も見学したお父さんがご家族をつれて再び訪問。それと、夫婦で見に来てくれた方がお孫さん2人をつれて再来と…。その際はお父さんご家族をスタッフの町田が、お孫さんづれの方は私がお話させていただきました。はやくもリピーターがいらっしゃってくれるとは…しかもいずれもご家族をつれてきていただいた事に私は本当に嬉しかったです。プレオープン時に参加者自身に行ってもらったアマモの種蒔きの現況も見ていただきました。発芽が始まり更に希望と期待が高まっています。ご自分が参加した保全再生作業のその後が気になるのは自然な事、今後も一般の方にも作業等していただけそうなものに関してはどんどん参加してもらえればと思います。イベント毎でもいいし、三番瀬レンジャーとしてちょっとアカデミックな知識を有しダイナミックな現場経験を合わせてするのでもいいですしね。
 話は変わりますが17日(日)は海苔簾網台を試作しました。浦安市郷土博物館で台作りを教わってきたスタッフの記録や写真資料、また教わりながら作った実物を見ながら私たちも独自に台を作ることにしました。試作台はまずまずの出来だと思います。スタッフの西尾さんは鉋がけ等に大活躍でした。おかげで今後、すぐに組み立てに入れるようなかたちで材料をそろえられました。(終了後は多目的室が木くずでいっぱいになっちゃいました。掃除が大変だったです。)この材料で現レンジャーの方や今後のレンジャーの方にも制作に挑戦していただければと思っています。そして、その作った台でまずは「三番瀬まつり(10月5日開催予定)」で活用しましょう!!(浦安市郷土資料館やご協力くださった皆様にはこの場をお借りして御礼申し上げます。)また、夕方にはその日に発生した青潮の情報交換等を写真などと照らし合わせて行い、今後の警戒を再確認するなど、非常に中身の濃い週末でした。 清積庸介

7月26日は国学院久我山中学の生物部のみなさんをガイド
2003/07/30

 小雨のぱらつく朝でしたが、待合せの8時ちょっと前に現場に到着したら既に独自に水質観測などを実施しているとのこと、前日と合わせて盛りだくさんのメニューをこなしていたようでした。ほどなく雨もあがり晴れ間が見えてきたので私も少しホっとしました。生物部の生徒8人と先生3人、時間が限られた中でのガイドでしたのでポイントを絞り解説し、残りの時間はなるべく生徒さんの自発的な行動に対してサポートを差し上げる形を取りました。コメツキガニの砂っころ(砂の中の有機物等を摂食したあとに出来る砂球)には皆さんビックリで、実際にカニの巣穴部分を掘ってみると、必ずしも大きな砂球、巣穴とカニの大きさが比例しない事などが分かり、謎が多く皆さんも思わず夢中になって時間を費やしていました。ゴカイ類の砂中での生活様式や居住環境の違いなどゴカイ類一つとっても観察ポイントはいくつもあることが分かると生徒さんはもとより引率の先生方も興味深く観察していただく事ができました。ガイドの時間が終わり、三番瀬塩浜案内所の話を少々紹介させていただいたら、今後の予定の時間を早めても見学しに来て下さるとのことで、現場+座学の充実した内容になった一日だったのではないでしょうか?
 最近は学校関係の方からのお問い合わせも多く、よく話を伺うと我々の活動スタイルに理解と共感を持ってくださっているようで、身近な自然環境を含めそれを是非学生・生徒にと…本当に嬉しい限りです。 清積庸介

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ごあいさつ 三番瀬フォーラム事務局長 清積庸介

この度、三番瀬フォーラム事務局長を務めることになりました清積庸介です。
私は小さい頃からもともと海には興味があり、何よりも海にいけるだけで嬉しくなる ような人間です。
以前は幕張に住んでいたので埋立後の東京湾が自分にとって身近な海でした。三番瀬 にも潮干狩りに行きました。(実はフォーラムの初期の散策会に参加していてアサリを獲っていました)そんななかエメラルドグリーン色をした海に出会い、後に新聞等でそれは「青潮」で あることを知りました。その時のことが強く印象に残り海に対する興味は増すばかりで、一時、東京湾を離れ地方の大学で遊んでばかりいましたが、水産学を専攻しました。
それなりに色々な海を見て、学び、遊び、良さを実感していった4年間でした。
卒業後また東京に戻ってきて現在26歳、平日は海と直接関わりはない仕事をしています。
でもやはり原点の東京湾・三番瀬が気になったのだと思います。
そのうちフォーラムや、安達理事長率いるNPOに顔を出すようになっていました。
ある日、安達前事務局長に「次はお前だ」と言われた時には戸惑いましたが、同時にどんな形で自分が三番瀬の保全再生できるのか挑戦してみようという気持ちも湧き上がり引き受けさせていただきました。
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